店舗から本部への問い合わせをAIで減らすには?小売業の事例と判断基準
「ギフトの配送日はいつからですか?」「交通費の申請書はどこにありますか?」
小売店のスタッフから本部には、商品情報や社内手続きに関するさまざまな問い合わせが寄せられます。同じ質問への対応が繰り返されれば、本部の担当者はほかの仕事に集中できません。店舗側も回答を待つ間、業務が止まってしまいます。
こうした課題の解決に役立つのが、社内FAQやAIチャットボットです。
実際にイトーヨーカ堂では、ギフト関連の問い合わせにAIチャットボットを導入し、お中元の繁忙期に本部への入電数を最大8割削減したと発表しています。(出典:ユーザーローカル)
一方、チャットボットを導入したものの、情報の更新が追いつかず、運用を見直した企業もあります。
では、どんな問い合わせからAI化すればよいのでしょうか。小売企業の事例をもとに、導入する業務の選び方から運用上の注意点、効果の測り方まで解説します。
店舗からの問い合わせは、何からAI化すればいい?
最初に取り組みたいのは、答えが決まっている問い合わせへの対応です。
例えば、ギフトの配送日や制服の発注方法、申請書の保存場所などは、正しい情報が社内資料にまとまっていれば、スタッフ自身で確認できます。
一方、「規程にない返品を認めてよいか」「従業員の個別事情に合わせて特例を認められるか」といった相談は、責任者による判断が必要です。
どちらも本部への問い合わせですが、必要な対応は異なります。
問い合わせを4つに分けて考える
AI化する業務を選ぶ際は、問い合わせを次の4種類に分けると整理しやすくなります。
| 問い合わせの種類 | 店舗で起こる例 | おすすめの対応 |
|---|---|---|
| ① 答えが決まっている | 配送日、申請書の場所 | FAQ・チャットボット |
| ② 複数の資料を調べる | 勤怠規程と申請手順の確認 | 文書検索・生成AI |
| ③ 判断や承認が必要 | 規程外の返品、特例申請 | 本部の担当者につなぐ |
| ④ 正しい情報が整理されていない | 古いマニュアル、部署ごとに異なる回答 | 先にマニュアルを整備 |
例えば、「交通費の申請書はどこですか」という質問なら、申請ページへのリンクを表示するだけで解決できます。
「この勤務形態では、どの申請手順が必要ですか」という質問なら、複数の規程を調べて関連情報を示すAIが役立つでしょう。
ただし、実際にどの規程を適用するかについて個別の判断が必要な場合は、担当者が確認します。
まずは問い合わせの履歴を調べ、何度も繰り返されている質問を探しましょう。 その中から、答えが明確で、正しい資料が用意されているものを選ぶのが、取り組みやすい方法です。
小売企業はAIで問い合わせをどう減らした?4社の事例
実際にAIを導入した企業は、どのような問い合わせを対象にしたのでしょうか。
ここでは、イトーヨーカ堂、ウエルシア薬局、ココカラファイン、IDOMの4社を紹介します。
イトーヨーカ堂|ギフトの問い合わせをAIで案内し、入電数を最大8割削減
イトーヨーカ堂では、店舗スタッフから本部へ寄せられるギフト関連の問い合わせにAIチャットボットを導入しました。
2022年の発表当時、同社は国内126店舗を展開し、約2,500点のギフト商品を取り扱っていました。(出典:ユーザーローカル)
店舗では、商品の梱包方法やアレルゲン、配送開始日などについて確認する機会があります。これらの情報をチャットボットで案内できるようにすることで、スタッフが本部へ電話する手間を減らしました。
提供元のユーザーローカルによると、お中元の繁忙期には本部への入電数を最大8割削減したといいます。(出典:ユーザーローカル)
この8割は繁忙期における最大の削減率であり、期間全体の平均値は公表されていません。
この事例で参考になるのは、ギフトに関する具体的な問い合わせを対象にしている点です。
小売業では、季節商品やキャンペーンの条件、配送ルールなど、店舗から繰り返し確認される情報があります。まずはこうした業務から、問い合わせを減らせないか検討するとよいでしょう。
ウエルシア薬局|人事本部への問い合わせを70%削減
ウエルシア薬局では、店舗から人事本部に集まる問い合わせが課題になっていました。
導入事例に掲載された担当者の説明によると、当時は人事部門の50人で対応しており、問い合わせは1日平均約250件に上っていました。(出典:HiTTO)
内容も給与、福利厚生、社内規程、経費精算など幅広く、担当部署への電話の取り次ぎも必要でした。
さらに、店舗の中には深夜や早朝に営業するところもあります。本部の営業時間外に質問が発生すると、回答をすぐに得られないという問題もありました。
同社は2019年にもチャットボットの導入を検討していましたが、回答の登録や更新にかかる負担を考慮して見送っています。
2022年に改めて導入を進めた際には、人事・労務などの知識が1,200件以上あらかじめ用意された製品を選びました。(出典:HiTTO)
製品提供元のHiTTOは、導入後の成果として次の数字を公表しています。
ウエルシア薬局の公表値
- 人事本部への問い合わせ件数:70%削減
- 問い合わせ対応工数:月187.5時間削減
- 月間利用件数:5,000件以上
- 利用の約30%が本部の営業時間外
いずれも製品提供元による公表値で、問い合わせ削減の比較母数などは示されていません。(出典:HiTTO)
この事例から分かるのは、AIを導入する際に回答を準備・更新する負担まで考えることの重要性です。
質問の種類が多い企業ほど、必要な回答を一から作る作業が大きくなります。製品を選ぶ際には、既存のFAQや社内規程をどこまで活用できるかも確認しましょう。
ココカラファイン|チャットと検索を使い分け、年間約10万件利用
ココカラファインでは、2019年当時、約1,300店舗の従業員が利用するマニュアルやQ&Aをもとに、社内問い合わせを支援する仕組みを導入しました。(出典:ココカラファイン企業発表)
特徴は、チャット型と検索型の2つを組み合わせたことです。
よくある質問にはチャットで回答を案内し、詳しい情報を調べたい場合にはマニュアル検索を使います。
例えば、申請書の提出先を知りたいときはチャットで確認し、店舗運営の細かい手順を調べるときは検索を使う、といった使い分けができます。
さらに、従業員がどのような質問をしたかを利用ログから確認し、回答の追加や更新にも役立てていました。
同社の2019年の決算説明会資料では、導入数か月時点でのチャットボット利用件数が年換算で約10万件、AI正解率が70%超と説明されています。(出典:ココカラファイン決算説明会)
約10万件はチャットボットの利用回数を年換算した数字で、本部への問い合わせ削減件数は公表されていません。
この事例は、すべての情報を一つのチャットボットに集約する以外の方法を示しています。
質問の内容に合わせて検索とチャットを使い分けることで、従業員が情報を探しやすい環境を整えています。
IDOM|導入後のトラブルをきっかけに運用を見直した
AIを導入した後の運用を考えるうえで、参考になるのが中古車販売などを展開するIDOMの事例です。
同社では以前から社内ポータルにマニュアルや資料を掲載していましたが、店舗スタッフが必要な情報を見つけられず、本社への問い合わせが増えていました。
そこで2019年4月にチャットボットを導入しました。
ところが、導入当初は期待したほど活用が進みませんでした。
主な問題は、回答先のリンク切れや情報の探しにくさ、担当者の変更に伴う更新不足などです。各部署が回答内容を管理していたため、日々の業務に追われて更新が後回しになることもありました。(出典:ユーザーローカル)
2021年からは業務管理チームが運用を担い、マニュアルやQ&A、検索カテゴリを見直しました。利用者から改善要望を集める仕組みも整備しています。
提供元のユーザーローカルによると、導入から2年半で月間利用者は5倍、リピート率は2倍になったといいます。(出典:ユーザーローカル)
注目したいのは、導入したAIを使いやすくするために、社内の情報管理そのものを見直したことです。
回答が古かったり、必要な情報が見つからなかったりすれば、店舗スタッフは結局、本部へ電話することになります。
AIの導入と同じくらい、回答を管理する仕組みが大切です。
4社の事例を比較すると?
| 企業 | 主な対象 | 公表された成果・指標 | 参考になる点 |
|---|---|---|---|
| イトーヨーカ堂 | ギフトの商品情報・配送 | 繁忙期の本部入電数、最大8割減 | 具体的な問い合わせを対象にする |
| ウエルシア薬局 | 人事・労務・総務 | 問い合わせ70%減、月187.5時間削減 | 回答の準備・更新負担を考える |
| ココカラファイン | マニュアル・社内Q&A | 年換算約10万件利用 | チャットと検索を使い分ける |
| IDOM | 店舗向け社内情報 | 月間利用者5倍、リピート率2倍 | 更新体制と検索のしやすさを改善する |
※各社・製品提供元の公表資料に基づく数値です。調査期間や指標が異なるため、削減効果を直接比較するものではありません。(出典:ユーザーローカル、HiTTO、ユーザーローカル、ココカラファイン決算説明会)
4社の取り組みはそれぞれ異なりますが、共通しているのは、店舗スタッフが必要な情報にたどり着きやすくするという考え方です。
導入する製品を決める前に、まず自社のどこで情報を探す手間が発生しているのかを確認してみましょう。
FAQと生成AI、どちらを導入すればいい?
問い合わせを減らす方法には、従来型のFAQ、社内文書検索、生成AIを使ったチャットボットなどがあります。
選ぶ基準は、スタッフがどのような質問をするかです。
| 方式 | できること | 向いている問い合わせ |
|---|---|---|
| FAQ・シナリオ型 | あらかじめ登録した回答を案内 | 申請書の場所、決まった手順 |
| 社内文書検索 | マニュアルの該当箇所を探す | 商品情報、店舗運営マニュアル |
| 生成AI+RAG | 関連資料を検索して回答を作る | 複数の規程や資料にまたがる質問 |
| 有人対応 | 事情を確認して判断・承認する | 例外対応、個別承認 |
申請方法や商品情報ならFAQから始める
例えば、「交通費の申請画面はどこですか」という質問なら、FAQから申請ページへ案内するだけで済みます。
マニュアルの場所が分かりにくい場合も、社内検索の改善で対応できるでしょう。
導入の初期段階では、こうしたシンプルな方法を優先するのがおすすめです。
複数の資料を調べるなら生成AIも候補になる
一方、複数の社内規程を調べる必要がある場合には、生成AIを活用する方法があります。
代表的な仕組みが「RAG(ラグ)」です。
RAGは、社内の文書から質問に関係する情報を探し、その内容を参考に生成AIが回答を作る技術です。
例えば、「この勤務形態の場合、経費精算ではどの手続きが必要ですか」と質問すると、関連する規程と申請方法を探して案内する、といった使い方が考えられます。
富澤商店では2025年、Microsoft 365上の社内情報と生成AIを組み合わせたナレッジ共有システムを構築したと発表しています。既存の社内環境を活用した事例ですが、問い合わせ削減率などの定量的な成果は公表されていません。(出典:富澤商店)
RAGを利用する際は、参照する文書の正確さと閲覧権限の管理が欠かせません。
生成AIは資料の内容と食い違う回答を作ることがあるため、重要な回答では参照元を表示し、必要に応じて担当者へ確認できるようにします。(出典:ACL 2024研究)
特に給与や人事情報などは、利用者ごとの閲覧権限を守る設計が必要です。
AI導入後に失敗しないための運用方法
チャットボットは導入したら終わり、という仕組みではありません。
例えば、人事部が交通費の申請方法を変更したのに、AIが以前の手順を案内していたらどうなるでしょうか。
スタッフは古い方法で申請してしまい、あとから修正が必要になるかもしれません。AIに質問した後、本部へ確認し直す手間も発生します。
そこで導入前に決めておきたいのが、回答の更新方法です。
回答を更新する担当者を決める
運用では、次のような役割分担が考えられます。
| 担当 | 主な役割 |
|---|---|
| 人事・経理などの主管部署 | 規程や手順の内容を確認し、正しい回答を承認する |
| AI・システムの運用担当 | 回答の登録、更新、検索設定を管理する |
| 店舗運営担当 | 店舗からの改善要望や、よくある質問を集める |
例えば、人事部が休暇申請のルールを改定した場合は、人事部が新しい内容を確認し、運用担当がFAQやAIの参照資料を更新します。
あわせて、店舗スタッフが回答の間違いを報告できる仕組みを用意しておくと改善を進めやすくなります。
ココカラファインでは利用ログを確認して回答を更新し、IDOMでは運用責任を持つチームを中心に情報を見直していました。(出典:ユーザーローカル、ココカラファイン企業発表)
どちらも、導入後の情報管理を重視した事例です。
AIによって本部への電話を減らすには、スタッフが安心して使える回答を維持することが欠かせません。
AI導入で電話がどれだけ減ったか、どう測る?
チャットボットの利用回数は、運用状況を把握するための指標です。
ただし、店舗から本部への問い合わせ削減が目的なら、利用数に加えて、スタッフが正しい回答を得られたか、本部の対応時間が減ったかも確認しましょう。
最初に確認したい4つの指標
| 指標 | 確認すること |
|---|---|
| 本部への問い合わせ件数 | 電話・メールなどの件数が減ったか |
| 正しい自己解決 | スタッフが正しい回答を得て、業務を進められたか |
| 店舗側の解決時間 | 質問が発生してから仕事に戻るまでの時間 |
| 本部の対応・運用時間 | 問い合わせ対応とAIの管理にかかった時間 |
例えば、これまで本部への確認に10分かかっていた質問を、スタッフがFAQで1分で解決できるようになれば、店舗側の待ち時間を短縮できます。
一方、回答が見つからず何度も質問し直しているなら、FAQの見直しが必要です。
本部の業務負担を評価する際は、AIの運用にかかった時間も含めて考えます。
問い合わせへの対応時間が減っても、回答の登録や修正に多くの時間を使っていては、期待したほどの効率化につながらないからです。
FAQだけの場合と、AIを追加した場合を比べる
導入効果を確認する方法として、編集部では次の比較をおすすめします。
A:FAQ・検索のみ
既存のマニュアルを整理し、必要な情報を探しやすくします。
B:同じFAQ・検索+AI
Aと同じ資料を使い、生成AIによる質問対応を追加します。
そのうえで、正しい回答を得られた割合、解決にかかった時間、本部への再問い合わせを比較します。
店舗の規模や問い合わせの内容、調査期間などの条件をできるだけ揃えることが重要です。
FAQだけで十分に解決できるなら、そのまま運用する方法もあります。AIを追加したことで自己解決が増え、店舗と本部の負担を減らせるなら、導入対象を広げる判断材料になります。
AIを使うこと自体よりも、店舗と本部の仕事がどれだけ楽になるかを成果として考えましょう。
FAQのみとAI追加の比較
同じ資料・条件で比較回答の正しさ・解決時間・再問い合わせ
編集部の検証案。各社の実験結果を示す図ではありません。
AI導入を始める前に準備すること
店舗から本部への問い合わせを減らしたいと考えたら、最初に現在の問い合わせ状況を調べます。
電話やメールの履歴から、繰り返し寄せられている質問を探してみましょう。
ステップ1:問い合わせの多い業務を洗い出す
まず、どの部署に、どんな質問が集まっているかを確認します。
例えば、人事部には休暇や給与、商品部には商品の仕様、物流部には配送日程の質問が集中しているかもしれません。
問い合わせ件数に加えて、対応にかかる時間も分かると、改善すべき業務を選びやすくなります。
ステップ2:正しい回答と担当部署を確認する
対象となる質問を選んだら、正しい答えがどこに書かれているかを調べます。
マニュアルが古い場合は更新し、部署によって案内が異なる場合はルールを統一します。
また、誰が回答を更新するか、AIで答えられない質問をどこへつなぐかも決めておきましょう。
ステップ3:一部の店舗・業務から試す
最初は質問の種類を絞り、限られた店舗や部署で試します。
例えば、ギフトの配送に関する質問を対象に、FAQやチャットボットを使ってもらいます。
一定期間利用したら、回答の正しさ、店舗の解決時間、本部の対応件数などを確認します。問題があれば回答や案内方法を修正し、改善が確認できた業務から対象を広げます。
まとめ|まずは繰り返し寄せられる質問から見直そう
店舗から本部への問い合わせを減らすには、AIに任せる質問を選ぶことが重要です。
ギフトの配送日や申請方法など、答えが決まっている質問はFAQやチャットボットで対応できます。複数の資料を調べる必要がある場合は、生成AIも選択肢になります。
イトーヨーカ堂やウエルシア薬局では問い合わせ削減の成果が公表されています。一方、IDOMの事例からは、導入後のマニュアル管理や更新体制を整える大切さが分かります。
まずは本部への問い合わせ履歴から、同じ質問が繰り返されている業務を一つ選んでみましょう。
正しい回答を整理し、FAQだけで対応できるか、AIを追加するとさらに改善できるかを確認することが、導入の第一歩です。
自社の問い合わせ対応の見直しや、AI導入の進め方を相談したい方は、AI Front TrendのAI活用相談ページをご覧ください。
参考資料
- ユーザーローカル:イトーヨーカ堂のAIチャットボット導入発表
- HiTTO:ウエルシア薬局の導入事例
- ユーザーローカル:IDOMの運用見直し事例
- ココカラファイン企業発表:チャットボット導入に関する企業発表(2019年4月26日)
- ココカラファイン決算説明会:2019年3月期 決算説明会資料
- 富澤商店:Microsoft 365と生成AIによる社内ナレッジ共有 / 富澤商店による詳細発表(PR TIMES)
- ACL 2024研究:RAGTruth: A Hallucination Corpus for Developing Trustworthy Retrieval-Augmented Language Models


