IEC 60601開発でAI活用|医療機器の安全性と効率化を両立する方法

IEC 60601規格に準拠したAI搭載医療機器の開発において、「開発期間の短縮」と「薬事承認の確実性」を両立させたいとお考えではありませんか?従来の医療機器開発にAI技術を組み込む際、IEC 60601-1の基本安全要求事項に加えて、AI特有のリスク評価や検証プロセスが必要となり、多くの開発者が複雑さに直面しています。
本記事では、IEC 60601開発におけるAI活用の実践的な手法について、NTTデータのMaestroAI®やレナサイエンス株式会社の透析支援AIシステムなど、実際の企業事例を基に詳しく解説します。PMDAのプログラム医療機器審査室による最新ガイダンスに準拠した開発戦略から、IEC 60601-1-6ユーザビリティエンジニアリングでのAI活用、さらにはサイバーセキュリティ対策まで、AI医療機器開発に必要な知識を包括的にお伝えします。
この記事を読むことで、AI技術を活用してIEC 60601準拠の医療機器開発を効率化する具体的な方法を習得できます。また、現在開発が進行中のIEC 60601第4版の動向や、AMED・NEDO支援事業の概要についても情報をご紹介し、競争優位性の確保につながる実践的なアドバイスを提供します。
- IEC 60601-1最新版とAI医療機器開発の適合要求事項
- AI活用によるIEC 60601開発の業務効率化手法
- IEC 60601-1-6ユーザビリティエンジニアリングでのAI支援技術と実装事例
- PMDA薬事承認におけるIEC 60601適合証明の提出方法と評価ポイント
- AI医療機器のサイバーセキュリティ対策とIEC 81001-5-1との統合アプローチ
IEC 60601開発におけるAI活用の基礎知識と重要性
IEC 60601とは何か|医用電気機器の国際安全規格の概要
IEC 60601は、医用電気機器の基本的な安全性と必須性能に関する国際規格として1977年に制定され、国際電気標準会議(IEC)によって発行されています。この規格は、患者、操作者、第三者の安全を確保するための包括的な要求事項を定めており、世界中の医療機器メーカーが遵守すべき基準となっています。
多くの国において医用電気機器の商業化に必要な要件として位置づけられており、医療機器の安全性確保において重要な役割を果たしています。

AI搭載医療機器開発でIEC 60601が必要な理由

AI搭載医療機器は従来の医療機器とは異なる新たなリスクを内包しており、IEC 60601の適用がより重要になっています。
機械学習アルゴリズムの「ブラックボックス」問題、学習データの品質やバイアス、継続的な学習による性能変化など、AI特有の課題に対する安全性の担保が求められています。AI搭載医療機器では、従来のハードウェア中心の規格適合に加えて、ソフトウェアバリデーション強化やアルゴリズム変更管理が必須となります。
NTTデータが開発したMaestroAI®は、深層学習のアルゴリズムを採用したAI画像診断ソリューションとして開発されており、CTやMR画像から診断対象である各臓器・部位のセグメンテーション、異常所見の抽出、病変の識別、疾患名候補の提示等を行う技術として実用化に向けた取り組みが進められています。
最新版IEC 60601-1とAI開発の関連性
IEC 60601-1第4版では、AI技術の進歩を踏まえた新たな要求事項が追加される予定です。IEC TC 62の Regina Geierhofer氏によると、第4版の策定作業が進行中であり、AI搭載医療機器に特化した安全要求事項が盛り込まれる見込みです。
第4版では、従来のリスクに加えてサイバーセキュリティハザードを含む12の異なるハザード概念が構造化され、AI技術に対応した包括的な安全要求事項が整備される予定です。
- IEC 63450(AI・機械学習対応医療機器のテスト規格)
- IEC 62304第2版(医療機器ソフトウェア規格のAI対応)
- AI医療機器開発における包括的な規格体系の構築

IEC 60601は、ハードウェア視点の安全性確保が中心ですが、AI搭載医療機器ではソフトウェアとの一体設計が前提になります。
とくにAIの動的特性や学習起因の変化に対しては、リスクマネジメントと性能維持の枠組み強化が必須です。
AI活用によるIEC 60601開発の業務効率化メリット


設計検証プロセスの自動化と時間短縮効果
AI技術を活用することで、IEC 60601準拠の設計検証プロセスを効率化できる可能性があります。従来は手作業で行っていたリスク分析、文書レビュー、テスト計画策定などの作業をAIが支援することで、開発期間の短縮と品質向上を同時に実現することが期待されています。
AI技術の活用により、IEC 60601関連文書の自動分類と版数管理による文書管理業務の効率化が可能になります。
また、患者モニタリングデータの自動解析により、IEC 60601-2-49(患者モニタリング機器)の性能要求事項への適合性検証を支援する技術の開発も進められています。これらの技術は、医療機器開発における品質管理と効率性の向上に貢献することが期待されており、今後の実用化が注目されています。
リスクアセスメント作業の精度向上とコスト削減
AI技術は、ISO 14971に基づくリスクマネジメントプロセスにおいても効果を発揮する可能性があります。
機械学習アルゴリズムを活用することで、過去の事故事例やヒヤリハット情報から潜在的なリスクを予測し、より精度の高いリスクアセスメントが期待されています。AI技術による自動化により、従来の手作業によるリスク評価プロセスの効率化が可能になると考えられています。
レナサイエンス株式会社では、AI搭載透析支援システムの開発において、約3,000症例の透析治療データをAIに学習させ、透析専門医と同等の予測精度を実現しました。同社は2025年4月に臨床性能試験の目標症例数150例に到達し、AI技術を活用したリスク予測機能の開発を進めています。
文書管理とトレーサビリティの効率化
IEC 60601開発では膨大な技術文書の管理が必要ですが、AI技術により文書の自動分類、版数管理、変更履歴追跡の効率化が期待されています。
音声認識AIを活用した文書検索機能では、医療機器専門用語を理解し、関連文書を効率的に特定することが可能になると考えられています。これにより、規制当局の査察時における文書提出準備の効率化が期待されます。
AI搭載文書管理システムでは、FDA 21 CFR Part 11、ISO 13485、EU MDRなどの規制要件に対応した電子署名機能と監査証跡機能により、IEC 60601関連文書のトレーサビリティ向上が期待されています。
このようなシステムの導入により、医療機器メーカーにおける文書管理業務の効率化とコスト削減が期待されています。



開発現場では「AIで何を代替し、何を人間が最終判断するか」の明確な役割設計が成功の鍵になります。
IEC 60601-1-6ユーザビリティ開発でのAI活用事例


ユーザビリティエンジニアリングプロセスのAI支援
IEC 60601-1-6(ユーザビリティエンジニアリング)の要求事項に対して、AI技術は有効な支援を提供する可能性があります。
ユーザーインターフェースの設計評価、操作ログの分析、ユーザビリティテストの自動化などにより、より効率的で精度の高いユーザビリティエンジニアリングの実現が期待されています。アイトラッキング技術とAI画像解析を組み合わせることで、医療従事者の視線パターンを分析し、最適なインターフェース設計を提案する技術の開発も進められています。
NTTデータのMaestroAI®は、深層学習のアルゴリズムを採用した画像診断AI技術として開発されており、放射線科医の読影作業を支援するシステムとして実用化に向けた取り組みが進められています。このようなAI技術により、医療従事者の作業効率向上と操作ミスの削減が期待されています。
ユーザーインターフェース設計の最適化手法
AI技術を活用したユーザーインターフェース設計では、大量のユーザー操作データから最適な画面レイアウトや操作フローを自動生成できます。機械学習アルゴリズムにより、異なるユーザー群(経験豊富な医師、新人看護師など)に対して最適化されたインターフェースを動的に提供する適応型インターフェース技術が実用化されています。
これにより、IEC 60601-1-6で要求される「使用エラーの最小化」と「ユーザビリティの向上」を効果的に実現できます。
セブン-イレブン・ジャパンとUbie株式会社の業務提携では、AIヘルスケア技術を活用した新たな顧客体験の創出を目指しています。Ubieは月間1,200万人以上が利用する症状検索アプリ「ユビー」や全国1,800以上の医療機関で採用されるAI問診システムを提供しており、高齢者向けのユーザビリティ向上にも継続的に取り組んでいます。
両社の提携により、セブン-イレブンの店舗ネットワークを活用した新たなヘルスケアサービスの展開が期待されています。
形成的評価と総括的評価の効率化
IEC 60601-1-6で要求される形成的評価と総括的評価において、AI技術は評価プロセスの自動化と精度向上に貢献する可能性があります。ユーザーの操作動画をAIで自動解析し、使用エラーの発生パターンや改善点を自動抽出することで、評価作業の効率化と客観性の向上が期待されています。
自然言語処理技術により、ユーザーからのフィードバックコメントを自動分類・分析し、重要な改善点を優先順位付けすることも技術的に可能です。
- 操作動画の自動解析による使用エラーパターンの特定
- フィードバックコメントの自動分類・分析
- 改善点の優先順位付けの自動化
- 大規模ユーザーテストの実現
トヨタ・モビリティ基金、デンソー、東京海上日動火災保険、東京大学が共同で実施している高齢者安全運転支援の実証実験では、ドライブレコーダーAI解析技術を活用した運転データの評価技術が開発されています。このような技術を医療機器のユーザビリティ評価に応用することで、大規模なユーザーテストの自動化と、より精密な使用エラー分析の実現が期待されています。



AI支援は評価の「補助」として機能させ、人間の洞察と併用する形が現実的な運用方針になります。
AI医療機器開発におけるサイバーセキュリティとIEC 60601対応


IEC 81001-5-1とIEC 60601の統合アプローチ
AI搭載医療機器では、IEC 60601の電気的安全性に加えて、IEC 81001-5-1(ヘルスソフトウェアのセキュリティ)への対応が重要になります。両規格を統合したアプローチにより、物理的安全性とサイバーセキュリティの両方を確保する必要があります。
特にクラウド接続型のAI医療機器では、データの機密性、完全性、可用性を保護しながら、IEC 60601の基本安全要求事項を満たす設計が求められています。
AI搭載医療機器では、高い電力消費と熱管理が重要な課題となっています。医療機器向け電源システムでは、IEC 60601-1準拠により、接触電流を正常状態で100μA以下、単一故障状態で500μA以下に制限する必要があります。
IEC 81001-5-1は、医療機器のサイバーセキュリティを強化するためのプロセス規格として、ソフトウェア開発からメンテナンスまでのライフサイクル全体にわたるセキュリティ活動を規定しています。AI医療機器開発では、これらの要求事項と従来の電気的安全性要求事項を統合的に満たす設計アプローチが求められています。
AI特有のセキュリティリスクと対策方法
AI医療機器特有のセキュリティリスクには、学習データの改ざん(データポイズニング)、モデルへの敵対的攻撃(モデル回避)、推論結果の不正操作、モデル反転と盗用、データ漏洩などがあります。これらのリスクに対して、データの暗号化、モデルの完全性検証、異常検知システムの実装などの対策が必要です。
ISO/IEC TR 24028:2020では、AIシステムの信頼性に関する包括的なガイダンスが提供されており、透明性、説明可能性、制御可能性などを通じてAIシステムの信頼を確立するアプローチや、AIシステムに対する典型的な脅威とリスクの軽減技術について調査されています
- 学習データの出所管理と品質保証
- モデルの検証可能性確保
- リアルタイム異常検知機能の実装
- セキュリティ・バイ・デザインの採用
規制当局では、AI医療機器のサイバーセキュリティ対策の重要性が認識されており、開発段階からセキュリティを考慮した設計アプローチが求められています。
これらの対策をIEC 60601の安全要求事項と統合して実装することで、包括的なセキュリティ体制の構築が可能になります。
SBOM導入によるソフトウェア部品管理の実践
SBOM(Software Bill of Materials)は、AI医療機器のソフトウェア構成要素を透明化し、セキュリティリスクを管理するための重要なツールです。特にオープンソースの機械学習ライブラリを使用する場合、各コンポーネントの脆弱性情報を継続的に監視し、必要に応じてアップデートを行う体制が必要です。
IEC 62304の要求事項に従い、SOUP(Software of Unknown Provenance)として適切に管理することが重要です。SOUPには、オープンソースソフトウェア、クラウドソフトウェア、商用ライブラリ、サードパーティライブラリが含まれます。
Johner Instituteの分析によると、機械学習ライブラリの検証では、ライブラリが正しい予測を行うことの検証と、モデルが「真実」と比較して正しい予測を行うことの検証を明確に区別する必要があります。SBOMを活用することで、使用している機械学習ライブラリのバージョン管理と脆弱性対応を体系的に行い、IEC 60601の安全要求事項への継続的な適合を確保できます。
実際に、SBOM管理により脆弱性管理の作業負荷を従来の約30%に削減できることが実証されています。



I医療機器の安全設計では、電気的リスクとサイバーリスクの両面からの防御設計が求められます。
日本国内でのAI医療機器薬事承認とIEC 60601開発戦略


PMDA審査におけるIEC 60601適合の評価ポイント
PMDAによるAI医療機器の薬事審査では、プログラム医療機器審査室が設置され、開発事業者の予見性を高めるために審査ポイントが整理・公表されています。AI医療機器の承認審査において、臨床的有用性、臨床性能、基本的な性能に加えて、ソフトウェア開発ライフサイクル、サイバーセキュリティ、ユーザビリティなどが評価項目として確認されています。
データ品質管理や継続的な性能監視体制も重要な評価要素として位置づけられています。
実例:WISE VISION™内視鏡診断支援AIシステム
国立がん研究センターと日本電気株式会社が共同開発したWISE VISION™内視鏡診断支援AIシステムでは、2020年11月にクラスII医療機器として薬事承認を取得し、同年12月にCEマーク適合も実現しました。
同システムでは、1万病変以上の早期大腸がん及び前がん病変の内視鏡画像をAIに学習させ、大腸前がん病変及び早期大腸癌の病変候補部位をリアルタイムに検出する機能を実現しています。主要内視鏡メーカー3社の内視鏡に接続可能で、実用的な医療現場での活用が可能となっています。
厚生労働省ガイドラインとAI開発の最新動向
日本では、AI医療機器の開発・評価に関する規制環境の整備が継続的に進められています。PMDAではプログラム医療機器審査室を設置し、AI医療機器の承認審査体制を強化しており、開発事業者の予見性向上のために審査ポイントの整理・公表が行われています。
AI医療機器の評価においては、従来の医療機器規格への適合に加えて、AI特有の課題への対応が求められており、データ品質管理や継続的な性能監視体制の構築が重要な評価要素となっています。
日本のAIヘルスケア市場の展望
日本のAIヘルスケア市場は成長が期待されており、AI技術を活用した医療機器の開発が活発化しています。この成長を支えるため、規制当局による審査体制の整備や、開発事業者への支援体制の構築が継続的に進められています。
特に中小企業を含む幅広い事業者がAI医療機器開発に参入できるよう、技術支援や規制対応に関する情報提供の充実が図られています。
AMED・NEDO支援事業を活用した開発戦略
AMED(日本医療研究開発機構)とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)では、医療機器開発やAI技術開発を支援する各種プログラムを提供しています。これらの機関は、日本の医療技術革新を推進する重要な役割を担っており、医療機器開発に関する技術開発費用の支援を行っています。
- 医療機器開発に関する技術開発支援
- 臨床試験・薬事申請に関する支援
- 国際標準化活動への参画支援
- スタートアップ企業を含む幅広い事業者への支援
これらの支援事業は、日本の医療機器産業の競争力向上と、革新的な医療技術の実用化促進を目的としており、AI医療機器開発においても重要な役割を果たすことが期待されています。
具体的な支援内容や予算については、各機関の公式情報を確認することが重要です。



AI医療機器の薬事承認では、安全性・性能だけでなく、データ品質と継続学習への対応も不可欠です。中小企業もAMED/NEDOの支援で参入可能になっており、今後は小規模チームでも高品質なAI医療機器開発が進むと期待されます。
IEC 60601-2個別規格でのAI開発実装方法


画像診断装置向けAI機能の安全要求事項
IEC 60601-2-44(X線CT装置)やIEC 60601-2-33(MR装置)などの画像診断装置向け個別規格が存在しており、AI機能を実装する際には、これらの規格への適合に加えてAI特有の安全性検証が必要になります。画像再構成アルゴリズムにAI技術を組み込む場合、従来の画質評価に加えて、AIによる診断支援機能の精度と安全性の検証が重要となります。
特に、AI処理による画像の改変が診断に与える影響を定量的に評価し、臨床的な妥当性を実証することが求められています。
NTTデータのMaestroAI®は、深層学習のアルゴリズムを採用した画像診断AI技術として開発されており、CTやMR画像から診断対象である各臓器・部位のセグメンテーション、異常所見の抽出、病変の識別、疾患名候補の提示等を行う技術として実用化に向けた取り組みが進められています。同システムでは、AI診断支援機能の臨床的有用性の実証と、医療機器としての安全性要求事項への適合を両立させる開発が行われています。
治療機器におけるAIアルゴリズムの検証手法
治療機器でのAI活用では、患者への直接的な影響を考慮したより厳格な安全要求事項が適用されます。IEC 60601-2-1(電子加速器)やIEC 60601-2-29(放射線治療シミュレータ)などの個別規格では、従来から患者安全を確保するための厳格な要求事項が定められており、AI機能を実装する際にもこれらの基準への適合が必要です。
特に、AIの判断ミスが患者の生命に直結する可能性があるため、フェイルセーフ機能の実装が重要になります。AI医療機器では、異常検知時の手動操作への自動復帰、アラート機能、高リスク出力に対する臨床医確認の要求などの安全機能が推奨されています。
透析支援AIシステムの実装事例
レナサイエンス株式会社の透析支援AIシステムでは、約3,000症例の透析治療データを学習したAIが透析専門医と同等の治療予測を提供します。同システムは透析中血圧低下を90%程度の精度で予測可能であり、2025年4月に薬事承認のための臨床性能試験において目標症例数150例に到達しました。
このようなAI医療機器では、医師による最終確認機能、異常値検出システム、完全なトレーサビリティなどの安全機能の実装が重要な要素となっています。
モニタリング機器でのAI活用と性能評価
患者モニタリング機器におけるAI活用では、IEC 60601-2-49(患者モニタリング機器)の要求事項に加えて、AI による異常検知の精度と応答時間の評価が重要です。生体信号の連続監視において、AIアルゴリズムによる偽陽性・偽陰性の発生率を最小化し、医療従事者への適切なアラート機能を実装する必要があります。
また、複数の生体信号を統合した総合的な患者状態評価にAIを活用する場合、各信号の重み付けと判定ロジックの透明性確保が求められます。
AI技術を活用した患者モニタリングシステムでは、患者の生体信号をリアルタイムで解析し、異常パターンを自動検出する機能の実装が可能です。このようなシステムでは、IEC 60601-2-49の性能要求事項への適合が必要であり、高い予測精度の実現と従来の人的監視と比較した異常検知時間の短縮が期待されています。



画像診断や治療機器、モニタリング機器それぞれで、AIの安全性評価に求められる粒度が異なる点が技術者にとって重要です。
AI開発プロセスとIEC 60601リスクマネジメントの統合


ISO 14971とAI特有リスクの評価方法
AI医療機器のリスクマネジメントでは、ISO 14971の従来的なリスク評価手法に加えて、AI特有のリスクを体系的に評価する必要があります。
AAMI 34971:2023(機械学習・AIのリスクマネジメントガイド)では、データ品質リスク、アルゴリズムバイアス、継続学習による性能変化などのAI特有リスクが定義されており、これらをIEC 60601の安全要求事項と統合して評価することが重要です。
- データ品質リスク(バイアス、不完全性、一貫性)
- アルゴリズムバイアスによる診断精度低下
- 継続学習による予期しない性能変化
- 説明困難性による検証の限界
BS ISO/IEC 25059やISO/IEC TR24029-1:2021では、AI システムの形式検証と妥当性確認において、従来の検証手法では対応困難な「説明困難で証明が困難な」AI システムの特性を考慮した新たなアプローチが示されています。
これらの規格を参考に、AI医療機器のリスク評価では、統計的手法による性能評価と、worst-caseシナリオを想定した安全性評価を組み合わせることが推奨されています。
機械学習アルゴリズムの妥当性確認プロセス
機械学習アルゴリズムの妥当性確認では、学習データの品質評価、モデルの汎化性能検証、臨床環境での性能維持確認の3段階のプロセスが必要です。IEC 62304の要求事項に従い、機械学習ライブラリをSOUP(Software of Unknown Provenance)として管理し、各ライブラリの機能要求事項を明確に定義して検証することが重要です。
特に、30個の特徴量を持つ入力ベクトルでは2.3×10^25通りの組み合わせが存在するため、統計的サンプリング手法による効率的な検証戦略が必要になります。
Johner Instituteの2024年ガイダンスでは、機械学習ライブラリの検証において、「ライブラリが学習済みモデルに対して正しい予測を行うこと」と「モデルが真実と比較して正しい予測を行うこと」を明確に区別することが重要であると指摘されています。
前者はSOUP検証として実施し、後者は臨床評価として別途実施する必要があります。
データ品質管理とバイアス対策の実装
AI医療機器におけるデータ品質管理では、学習データの代表性、完全性、一貫性を確保することが重要です。ISO/IEC TR 24028:2020では、AIシステムの信頼性確保に関するガイダンスが提供されており、学習データのバイアスや不適切な学習によるシステム障害を防ぐため、データ収集段階からバイアス対策を実装することの重要性が示されています。
また、継続的な性能監視により、実運用環境でのデータドリフトを検出し、必要に応じてモデルの再学習や更新を行う体制の構築が必要です。
NTTデータのMaestroAI®は、深層学習のアルゴリズムを採用した画像診断AI技術として開発されており、国際的な医療環境での活用を目指しています。AI医療機器の開発においては、異なる医療環境や患者集団に対応するため、人種・年齢・疾患分布の違いによるバイアスを軽減する取り組みが重要であり、追加学習や性能検証を通じて安定した診断支援性能の維持とIEC 60601の安全要求事項への適合が求められています。



AI医療機器におけるリスク評価では、ISO 14971にAI特有の不確実性をどう統合するかが実装上の鍵です。
特に「学習時と実運用時の乖離」や「継続学習による性能変化」は、従来のソフトウェアよりもリスク予測が難しく、性能監視体制の継続性が非常に重要です。
IEC 60601開発でのAIツール活用による将来性とメリット


生成AIを活用した技術文書作成の効率化
生成AI技術の進歩により、IEC 60601関連の技術文書作成プロセスの効率化が期待されています。
リスク分析レポート、設計仕様書、テスト計画書などの定型的な文書について、AIが過去の承認事例を学習し、規格要求事項に準拠した文書の自動生成を支援することが可能になっています。ただし、生成AIの出力には必ず専門家による検証が必要であり、特に安全性に関わる記述については慎重な確認が求められます。
- 音声入力による文書作成機能の実装
- 医療機器専門用語の理解と自動生成
- 技術文書作成時間の短縮
- 文書品質の標準化実現
AmpleLogic社のAI搭載DMSでは、音声入力による文書作成機能を実装し、医療機器専門用語を理解した自然言語処理により、技術者の音声指示からIEC 60601適合文書を自動生成する機能を提供しています。
同システムを導入した企業では、技術文書作成時間を平均40%短縮し、文書品質の標準化も実現しているとされていますが、これらの効果については詳細な公開検証データが限定的であることに留意が必要です。
予測保全とAIによる医療機器の信頼性向上
AI技術を活用した予測保全により、医療機器の信頼性向上とIEC 60601要求事項への継続的な適合が可能になります。
センサーデータの機械学習解析により、部品の劣化や故障の前兆を早期に検出し、計画的なメンテナンスを実施することで、医療機器の安全性と性能を長期間維持できます。これは、IEC 60601で要求される「基本安全と必須性能の維持」に直接貢献する技術として認識されています。
- 高効率電源システムの実現
- 熱管理の最適化による信頼性向上
- 故障予測精度の向上
- 医療機器の稼働率向上と安全性確保の両立
AI搭載医療機器向け電源システムにおいては、高効率動作と熱管理の最適化により、予測保全機能の実装が期待されています。電源部品の温度・電流・電圧データをAIで分析することで、高い故障予測精度を実現し、医療機器の稼働率向上と安全性確保を両立する技術の開発が進められています。
国際規格動向とAI技術進化への対応戦略
IEC 60601第4版の策定に向けて、AI技術の進歩を反映した新たな要求事項が検討されています。
IEC TC 62では、AI医療機器に関連する複数の規格の標準化作業が並行して進められており、技術的検証・妥当性確認プロセス(IEC 63450)、医療機器ソフトウェア規格のAI対応(IEC 62304第2版)などの開発が行われています。これらの規格間の整合性確保が重要な課題となっています。
- IEC 60601-1第4版:策定作業進行中
- IEC 63450(AI・機械学習対応医療機器のテスト規格)
- IEC 62304第2版(医療機器ソフトウェア規格のAI対応)
日本企業の国際標準化活動への参画支援
日本企業がこれらの国際規格策定に積極的に参画するため、AMED・NEDOの支援事業では国際標準化活動への参加支援も行われています。特に、日本の医療機器メーカーが持つAI技術の実装経験を国際規格に反映させることで、日本企業にとって有利な規格環境の構築を目指しています。
これらの新規格の制定・改訂が進行するため、早期の対応準備が競争優位性の確保につながると考えられています。



音声入力などのUI強化は、現場エンジニアのドキュメント作成負荷を軽減し、情報の漏れ・遅れを防ぐ点で価値があります。
一方で、リスク分析や規格準拠の記述には専門家レビューを必須とする設計プロセスが不可欠です。
IEC 60601開発×AIに関してよくある質問
AI搭載医療機器でもIEC 60601-1の全要求事項が必要ですか?
AI搭載医療機器であっても、IEC 60601-1の全要求事項への適合が必要です。
PMDAの報告書では、プログラマブル電気医用システム(PEMS)として分類されるAI搭載医療機器は「IEC 60601-1(医用電気機器)に加えその用途に特化した規格」への適合が必要であることが示されています。
AI機能の有無に関わらず、医用電気機器として分類される機器はIEC 60601-1の基本安全要求事項を満たす必要があり、AI特有のリスクに対しては追加的な安全対策の実装が求められます。
IEC 62304(医療機器ソフトウェア規格)
2017年11月25日以降、薬機法で適合が義務付けられています
IEC 81001-5-1(ヘルスソフトウェアのセキュリティ)
サイバーセキュリティ対策として2024年4月1日から適合が必要
ISO 14971(リスクマネジメント)
AIアルゴリズムエラーやデータバイアスなどのAI特有リスクへの対処
JIS T 0601-1とIEC 60601-1の違いは何ですか?
JIS T 0601-1は、IEC 60601-1の日本国内版として制定された日本産業規格です。
基本的な要求事項はIEC 60601-1と同等ですが、日本の医療環境や規制要件に合わせた一部の修正が加えられています。PMDAによる薬事承認では、JIS T 0601-1への適合が評価基準として使用されますが、国際展開を考慮する場合はIEC 60601-1への直接的な適合も重要です。
AI医療機器については、IEC 60601-1第4版の策定作業が進行中であり、AI技術に対応した新たな要求事項が検討されています。日本においても、国際規格の動向に合わせて対応するJIS規格の検討が行われることが予想されます。
開発戦略としては、国際規格と国内規格の両方の動向を注視し、将来的な要求事項変更に対応できる設計を採用することが推奨されます。特に、グローバル展開を視野に入れる場合は、国際規格への適合を基本とした開発アプローチが重要です。
AI医療機器のサイバーセキュリティ対策で最も重要なポイントは?
AI医療機器のサイバーセキュリティでは、データの完全性保護が最も重要です。
学習データや推論結果の改ざんは、診断精度の低下や誤診につながる可能性があり、患者の生命に直接影響を与えるリスクがあります。IEC 81001-5-1の要求事項に従い、データの暗号化、アクセス制御、改ざん検知機能の実装が必要です。
- 学習データの出所管理と品質保証
- 敵対的攻撃による誤判定の防止
- 入力データの異常検知機能
- 推論結果の妥当性チェック機能
- 継続的なセキュリティ監視体制
また、AI モデル自体のセキュリティも重要で、敵対的攻撃による誤判定を防ぐため、入力データの異常検知機能や、推論結果の妥当性チェック機能の実装が推奨されます。継続的なセキュリティ監視体制の構築により、新たな脅威に対する迅速な対応も必要です。
IEC 60601-1-9環境配慮設計はAI開発にどう影響しますか?
IEC 60601-1-9(環境配慮設計)は、AI医療機器の開発において消費電力の最適化と廃棄物削減の観点で重要な影響を与えます。
AI処理には大量の計算リソースが必要であり、従来の医療機器と比較して消費電力が大幅に増加する傾向があります。そのため、エネルギー効率の高いハードウェア設計と、AI アルゴリズムの最適化による省電力化が求められます。
Horizon Power Solutions社の事例では、AI医療機器向け電源システムで94%の高効率動作を実現し、発熱量の削減と環境負荷の軽減を両立しています。
クラウド処理とエッジ処理の適切な使い分けにより、全体的なエネルギー消費量を最小化する設計アプローチも重要になります。
AI医療機器の薬事承認でIEC 60601適合証明はどのように提出すべきですか?
AI医療機器の薬事承認では、従来の医療機器に求められる技術文書に加えて、AI機能に関する追加的な技術文書の提出が必要です。
PMDAの審査では、機械学習を活用する医療機器において、学習データ、バリデーションデータ、評価データの妥当性が重視され、特に評価データに対する性能評価結果が重要な審査項目となっています。
- 設計検証・妥当性確認資料(性能、安全性、有効性に関する試験結果)
- AIアルゴリズムの検証・妥当性確認結果
- 学習データの品質評価報告書
- 臨床性能評価結果
- サイバーセキュリティ対策文書(2024年4月1日より義務化)
- リスク分析結果
認定試験機関による適合性評価では、医療機器の安全性・有効性に関する規格要求事項に加えて、AI特有の評価項目についても検証が行われます。申請前の準備段階で、PMDAとの事前相談制度を活用し、必要な文書の範囲と評価基準を明確化することで、効率的な承認取得が可能になります。

